· 解説 (Explainer) · N1 · 998字

『映画ちいかわ』を国際政治学から読み解く:なぜ争いは始まり、なぜ終わらないのか

Reading "Chiikawa the Movie" through International Politics: Why Do Conflicts Begin, and Why Do They Not End?

紛争(ふんそう)終結(しゅうけつ)の難(むずか)しさは、物語(ものがたり)の終盤(しゅうばん)で生々(なまなま)しく描(えが)かれる。倒(たお)れて苦(くる)しみ、もはや攻撃(こうげき)能力(のうりょく)を失(うしな)ったセイレーンを取(と)り囲(かこ)み、島民(とうみん)たちは熱狂(ねっきょう)しながら報復(ほうふく)の継続(けいぞく)を呼(よ)びかける。その姿(すがた)を目(め)にしたちいかわたちは「これでよかったんだよね……?」と、自分(じぶん)たちの行為(こうい)を問(と)い直(なお)す。軍事(ぐんじ)的(てき)な勝利(しょうり)は政治(せいじ)的(てき)な紛争(ふんそう)解決(かいけつ)と同義(どうぎ)ではない。セイレーンの攻撃(こうげき)能力(のうりょく)を奪(うば)ったからといって、セイレーンへの報復(ほうふく)をどこで終(お)わらせるかについての合意(ごうい)の成立(せいりつ)は困難(こんなん)だったのだろう。

1917年(ねん)、第(だい)一(いち)次(じ)世界(せかい)大戦(たいせん)が続(つづ)くなか、米国(べいこく)のウッドロウ・ウィルソン大統領(だいとうりょう)は「勝利(しょうり)なき平和(へいわ)(Peace without Victory)」を提唱(ていしょう)した。勝者(しょうしゃ)が敗者(はいしゃ)を屈服(くっぷく)させるだけでは怨恨(えんこん)が残(のこ)り、持続(じぞく)的(てき)な平和(へいわ)の基盤(きばん)にならないという考(かんが)え方(かた)である。

では、「セイレーンなき平和(へいわ)(Peace without Siren)」はどうだろうか。

セイレーンは人魚(にんぎょ)の島(しま)を去(さ)り、島(しま)は危機(きき)を脱(だっ)する。当面(とうめん)の脅威(きょうい)が取(と)り除(のぞ)かれたことは、島民(とうみん)にとって確(たし)かに重要(じゅうよう)な成果(せいか)である。しかし、紛争(ふんそう)の発端(ほったん)となった人魚(にんぎょ)殺害(さつがい)の問題(もんだい)も、セイレーンの報復(ほうふく)動機(どうき)も、解消(かいしょう)されたわけではない。

ヒトハとフタバは、紛争(ふんそう)の発端(ほったん)となった人魚(にんぎょ)殺害(さつがい)の事実(じじつ)を島民(とうみん)たちに明(あき)らかにしないまま、ひそかに別(べつ)の島(しま)へと脱出(だっしゅつ)する。そしてセイレーンたちは、二人(ふたり)の追跡(ついせき)を続(つづ)ける。つまり、戦闘(せんとう)の一(いち)局(きょく)面(めん)が終結(しゅうけつ)しても、紛争(ふんそう)の原因(げんいん)と当事(とうじ)者(しゃ)間(かん)の敵対(てきたい)関係(かんけい)は残(のこ)されている。しかも、その対立(たいりつ)が別(べつ)の島(しま)へと波及(はきゅう)する可能(かのう)性(せい)すら示唆(しさ)されているのである。

戦闘(せんとう)の停止(ていし)、敵対(てきたい)行為(こうい)の終結(しゅうけつ)、紛争(ふんそう)の政治(せいじ)的(てき)解決(かいけつ)、そして持続(じぞく)的(てき)な平和(へいわ)の実現(じつげん)は、それぞれ全(まった)く別(べつ)の問題(もんだい)である。『映画(えいが)ちいかわ』の結末(けつまつ)は、目(め)の前(まえ)の脅威(きょうい)を排除(はいじょ)することと、紛争(ふんそう)の根本(こんぽん)原因(げんいん)を取(と)り除(のぞ)くことが、いかに異(こと)なるかを描(えが)き出(だ)している。

紛争(ふんそう)は必(かなら)ずしも、すべての当事(とうじ)者(しゃ)が最初(さいしょ)から大(だい)規模(きぼ)な戦(たたか)いを望(のぞ)むことで始(はじ)まるわけではない。個々(ここ)の行為(こうい)者(しゃ)にとって理解(りかい)可能(かのう)な選択(せんたく)が、予期(よき)しなかった暴力(ぼうりょく)の連鎖(れんさ)を生(う)むことがある。そして、いったん始(はじ)まった紛争(ふんそう)を根本(こんぽん)的(てき)に解決(かいけつ)することは、戦闘(せんとう)に勝利(しょうり)することよりも難(むずか)しい場合(ばあい)がある。『映画(えいが)ちいかわ』は、そうした国際(こくさい)政治(せいじ)の逆説(ぎゃくせつ)を鮮(あざ)やかに描(えが)いている。

小(ちい)さくてかわいい生(い)き物(もの)たちを通(つう)じて国際(こくさい)政治(せいじ)を考(かんが)えることは、世界(せかい)を見(み)るための問(と)いを増(ふ)やすことでもある。私(わたし)たちは誰(だれ)を守(まも)ろうとしているのか。その安全(あんぜん)のために、誰(だれ)が犠牲(ぎせい)を払(はら)っているのか。なぜ同(おな)じ陣営(じんえい)に属(ぞく)する者(もの)同士(どうし)でも協力(きょうりょく)は難(むずか)しいのか。そして、脅威(きょうい)を排除(はいじょ)した後(あと)に、何(なに)をすれば平和(へいわ)を築(きず)けるのか。

私(わたし)が映画(えいが)館(かん)で求(もと)めていたのは、国際(こくさい)政治(せいじ)を忘(わす)れるためのひとときだった。しかし、ちいかわたちが私(わたし)に与(あた)えてくれたのは、国際(こくさい)政治(せいじ)について考(かんが)え続(つづ)けるための、いっそう多(おお)くの問(と)いだったのである。

(抜粋 — excerpt; the original continues at the source.)

理解度チェック Comprehension check

  1. 筆者の主張として最も適当なものはどれか。

  2. 「その姿」は何を指しているか。

  3. 「セイレーンなき平和」について、筆者はどのように考えているか。

  4. 紛争の始まりについて、本文の内容と合っているものはどれか。

  5. 映画を見た経験について、筆者はどのように述べているか。

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